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東京地方裁判所 昭和60年(行ウ)71号 判決

原告 吉原幸三

被告 東京地方検察庁検事正

訴訟代理人 長島裕 高須要子 崇嶋良忠

主文

本件訴えのうち、原告が被告に対し金九五万円の支払いを求める訴えを却下する。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和六〇年六月三日付でした原告の同年五月一六日付昭和五九年三七八七号弁護士法違反被告事件の確定記録の閲覧申請を拒否した処分を取り消す。

2  被告は原告に対し本訴状送達の日から前項の処分の取消しをなすに至るまで金九五万円を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する本案前の答弁

1  本件訴えをいずれも却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

三  請求の趣旨に対する本案の答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は被告に対し昭和六〇年五月一六日付で被告の保管する昭和五九年三七八七号弁護士法違反被告事件の確定訴訟記録(以下「本件記録」という。)の閲覧申請をした(以下「本件申請」という。)ところ、被告は同年六月三日右申請を拒否した。

2  しかしながら、被告の右拒否処分は、憲法八二条及び刑事訴訟法五三条によつて原告に認められた閲覧請求権を侵害するもので、違法である。

3  被告は、右違法処分をなすにつき故意又は過失があつた。

4  よつて、原告は、被告に対し、右拒否処分の取消しを求めるとともに、国家賠償法一条一項、二項等に基づき請求の趣旨第2項記載のとおりの金員の支払いを求める。

二  被告の本案前の答弁の理由

1  請求の趣旨第1項に係る訴えについて

行政事件訴訟法三条二項に基づいて取消しを求めることができる「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」というためには、行政庁の行為が個人の法律上の地位ないし権利関係に何らかの影響を与えるような性質のものであることが必要であり、また、処分の取消しを求めることができるのは、同法九条によれば取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」、すなわち当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者に限られるところ、以下のとおり、原告にはそもそも本件記録の閲覧を請求する法律上の権利若しくは法律上保護された利益がないのみならず、被告が原告に本件記録を閲覧させなかつた措置(以下「本件措置」という。)は同法三条二項の規定する処分に当たらないのであるから、本件訴えは不適法であつて却下されるべきである。

(一) 原告は、憲法八二条を根拠として本件記録の閲覧請求権があると主張するが、同条は、現に審理中の事件の対審及び判決手続の公開を定めているものであつて、事件確定後の訴訟記録の公開についてまで規定したものでないことは、いうまでもないところである。また、原告は本件記録の閲覧請求権があることの根拠として刑事訴訟法五三条一項を挙げているが、以下に述べるところから明らかなように、同項は確定訴訟記録の閲覧を個人の具体的権利、利益として認めた規定ではない。すなわち、同項は、「何人も、被告事件の終結後、訴訟記録を閲覧することができる。」と規定しており、これは、憲法八二条で保障された裁判の公開と並んで裁判の公正を担保するための制度を規定したものであるが、この憲法八二条の定める裁判の公開については、だれでもその手続の行われる場所(法廷)へ出席して、傍聴することができることを意味するもので、その趣旨は、裁判官に対して裁判を公開すべき義務を課し、その反射的利益として何人も裁判を傍聴することができるとするものにすぎないと解すべきである。したがつて、裁判が公開されずあるいは傍聴を拒否されたからといつて、刑事訴訟法上、絶対的控訴理由となり(三七七条三号)、あるいは、当事者から裁判長の法廷警察権の行使としての処分に対する異議の申立てができることはともかく、裁判を傍聴しようとする者には、裁判所に対して裁判の傍聴あるいは公開を請求する権利は認められてはおらず、不服申立ての途もないのである。司法制度の根幹にかかわるものとして憲法八二条が規定する裁判の公開と同様の目的を有し、右憲法の趣旨を裁判確定後にも敷えんして、刑事訴訟法において初めて認められた確定訴訟記録の公開についてだけ、特に、何人に対しても個々に具体的権利としての閲覧請求権及びこれを前提とする不服申立権を認めなければならない合理的理由は存在しないものといわなければならない。刑事訴訟法五三条一項は、憲法八二条の規定する裁判の公開と同様に、確定訴訟記録の保管者に対して、確定訴訟記録を一般の閲覧に供すべき義務を課し、その反射的利益として何人もこれを閲覧することができるとしたものにすぎず、閲覧請求権までも認めたものではない。

(二) また、確定訴訟記録の保管及びこれに付随する閲覧の可否の決定等の事務を検察官が行うのは、事件確定後における刑の執行指揮その他刑事訴訟法を中心とする刑事関係法令に定められている刑事に関する諸手続を行うため、あるいはその前提としてであつて、閲覧に関する処分もその一環をなす刑事手続上の処分である。ところで、このような刑事手続における処分に対する不服申立ては、処分の性質に応じてその要否を勘案し刑事訴訟法において定められているのであり(例えば控訴、上告、抗告、準抗告等)、他の法令に依るべきものではない(例えば、事件確定後における処分に対する不服申立ては、刑事訴訟法五〇二条の定める異議によることとされている。)のであつて、不服申立ての規定が刑事訴訟法にない以上、現行法上、不服申立てが予定されていないものといわなければならない。このことは行政不服審査法が、「刑事事件に関する法令に基づき検察官・・・が行う処分」を同法にいう行政不服審査の対象外としている(四条一項六号)ことからも明らかである。しかるところ、訴訟記録の閲覧に関する処分は、右のように刑事訴訟法に基づく検察官の処分であり、これに対する不服申立ての途は同法上存在しないのであつて、このことは同法が右の閲覧制度が前記のような性質のものであることにかんがみ不服申立てを認める要のないものとしているものと解され、同法に不服申立ての規定がない以上、行政訴訟の対象ともなり得ないものというべきである。

2  請求の趣旨第2項に係る訴えについて

国家賠償法に基づく損害金の支払いを求める訴えは、権利義務の帰属主体たる国を被告として提起すべきであるから、国の機関たる被告は右訴えの被告たり得ない。

よつて、右訴えも不適法であるから、却下されるべきである。

三  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2及び3の事実は否認する。

3  同4は争う。

四  被告の主張

被告のした本件措置は、次のとおり適法である。

1  刑事訴訟法五三条一項本文は「何人も、被告事件の終結後、訴訟記録を閲覧することができる」と規定している。しかしながら、同条に定める閲覧は被告事件確定後における証拠書類そのものを含む訴訟記録についてのものであつて、これに対する閲覧の可否・範囲については無制限なものとすることはできないのであつて、現に、同条一項但書において「訴訟記録の保存又は裁判所若しくは検察庁の事務に支障があるときは、この限りでない。」と規定しているほか、同条二項において「弁論の公開を禁止した事件の記録又は一般の閲覧に適しないものとしてその閲覧が禁止された訴訟記録は、前項の規定にかかわらず、訴訟関係人又は閲覧につき正当な理由があつて特に訴訟記録の保管者の許可を受けた者でなければ、これを閲覧することができない。」と規定しているのである。しかして、このうち一般の閲覧に適しない訴訟記録に該当するか否かはその訴訟記録の保管責任者が、閲覧の目的、必要性、幣害の有無などを考慮してこれを決することになるところ、例えば犯行が巧妙である等の理由により模倣を生むおそれの顕著な事件の記録、犯行が残忍又はわいせつ等の事由により公開が善良な風俗に反すると認められる事件の記録、又は閲覧に供することにより訴訟関係人等の名誉・プライバシーが侵害される事件の記録などは、一般の閲覧に適しないものとしてその閲覧を禁止することとなるのである。

2  ところで、本件記録は、離婚相談室「愛幸センター」の経営者である成田による弁護士法違反事件の一件記録であり、事案の内容は、同人が弁護士でなく、かつ、法定の除外事由がないのに、報酬を得る目的をもつて、業として昭和五八年五月二六日ころから同五九年三月一九日ころまでの間、二〇件の離婚事件について離婚希望者から委任を受けその代理人として、相手方に対し協議離婚の交渉、これに伴う慰謝料及び財産分与の請求、子の親権者の決定に関する交渉を行うなどして法律事務を取り扱つたことにより公訴を提起されて有罪と認められ、懲役一年、五年間執行猶予の判決を宣告されたものである。しかして、その犯行は巧妙で模倣されるおそれがあるのみならず、本件記録の中には、成田に離婚事件等の交渉を依頼した事件関係者の個人の秘密やプライバシーに関する内容が含まれているものであることから、被告は、本件記録につき、同法五三条二項に定める「一般の閲覧に適しないもの」としてその閲覧を禁止したものである。

一方、原告は、右事件の訴訟関係人ではなく、かつ、閲覧の理由については「社会勉強のため」と称するのみでその理由もあいまいであり、閲覧につき正当な理由があるとはいえないのである。

3  以上のとおり、被告は、本件記録が一般の閲覧に適しないものとして閲覧を禁止した訴訟記録であり、原告が右弁護士法違反被告事件の訴訟関係人でなく、また、閲覧につき正当な理由を有するものとは認められないと判断したので、原告に対し本件記録を閲覧させなかつたものであるから、被告のした本件措置は適法である。

五  被告の主張に対する認否

被告の主張事実はすべて否認する。法律上の主張は争う。

第三証拠〈省略〉

理由

第一請求の趣旨第1項に係る訴えについて

一  請求原因1の事実(本件申請の経緯及び本件拒否の存在)は、当事者間に争いがない。そこで、被告の本案前の抗弁につき検討する。

1  刑事訴訟法五三条は、憲法八二条(裁判の公開)の規定を受けて、確定した刑事裁判の訴訟記録(以下「刑事確定記録」という。)の公開について規定しているが、同条一項本文が「何人も、被告事件の終結後、訴訟記録を閲覧することができる」と規定した趣旨にかんがみると、右規定は刑事裁判の公正を担保するために裁判の公開の原則を拡充して、国民一般が当然に刑事裁判の公正に利害関係を有し、かつ、刑事確定記録を閲覧する利益を有するとの立場に立つて、右利益を保護するために、国民に対して個別的、具体的権利として刑事確定記録の閲覧を請求する権利を付与しているものと解するほかはないものというべきである。そして、検察官のした弁護人との接見交通に関する処分、押収若しくは押収物の還付に関する処分に関しては、不服申立ての方法が規定されており(刑事訴訟法四三〇条一項)、この場合行政事件訴訟に関する法令の規定は適用しないものとされている(同条三項)にもかかわらず、刑事訴訟法上刑事確定記録の閲覧請求に対して記録の保管者がした許否の決定について不服のある者に関する不服申立ての方法については規定がなく、右決定につき行政事件訴訟法の適用を排除していないことを合わせ考慮すると、刑事訴訟法は、閲覧請求に関する処分に対する不服については行政事件訴訟法の適用があることを当然の前提としているものと解するのが相当である。

そうすると、刑事確定記録の閲覧請求に対して記録の保管者たる検察官がする許否の決定は、公権力の行使に当たる行為(行政事件訴訟法三条二項参照)としていわゆる処分性を有し、右決定によつて記録の閲覧を請求する権利を違法に侵害されたとする者は、右決定の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者として、行政事件訴訟法三条二項所定の処分取消しの訴えを提起することができるものといわなければならない。

2  これに対して、被告は、刑事訴訟法五三条一項は、憲法八二条の規定する裁判の公開と同様に、刑事確定記録の保管者に対して、右記録を一般の閲覧に供すべき義務を課したものであり、その反射的利益として何人もこれを閲覧することができるとしたものにすぎない旨を主張するが、右規定が国民に対して刑事確定記録の閲覧請求権を認めたものと解すべきことは、前記のとおりであるから、被告の右主張は採用することができない。

また、被告は、刑事確定記録の閲覧に関する許否の決定は、事件確定後における刑の執行指揮その他の手続と同様、刑事手続上の処分であるところ、右処分に対する不服申立ての可否は刑事訴訟法において個別に定められているのであり、同法に不服申立てに関する規定がない以上、現行法上不服申立てが予定されていないものと解すべきであると主張する。なるほど、事件関係者が行う閲覧請求に対する許否の決定は、その者との関係において、刑事手続上の処分たる一面を有することは否定できないものというべきであるが、刑事確定記録の閲覧請求の制度は、刑事裁判とは直接かかわりのない第三者が一国民の立場で閲覧を請求することを認めるものであつて、この閲覧請求に対する許否の判断は、法令に基づく申請に対する行政庁の応答としての性質を有するものと解されるから、検察官の行う右決定は刑の執行指揮のように純粋な刑事手続上の処分とはその性質を異にするものというべきである。のみならず、前記のとおり刑事訴訟法四三〇条三項のような規定が存在することにかんがみると、不服申立てに関する規定がないことから直ちに不服申立てが予定されていないものと即断することはできない。よつて、被告の右主張も理由がないものというべきである。

更に、被告は、行政不服審査法が刑事事件に関する法令に基づき検察官が行う処分を行政不服審査の対象外としている(同法四条一項六号)ことを理由に、本件拒否は行政訴訟の対象となり得ない旨を主張する。

しかしながら、同法四条一項六号が、検察官が行う処分を行政不服審査の対象から除外した理由は、刑事事件に関する法令に基づき検察官が行う処分に関しては、刑事訴訟法等において抗告手続等特にその性質に合つた不服申立て手続が整備されているから、権利救済もそれにゆだねた方が適切であると考えられるためであると解されるところ、刑事確定記録の閲覧拒否処分は、前記のとおり純粋の刑事手続上の処分とはその性質を異にするのみならず、特別の不服申立て方法を予定する規定はないのであるから、右六号にいう検察官が行う処分に該当しないものといわなければならない。のみならず、行政不服審査制度は、行政庁の違法又は不当な公権力の行使によつて不利益を受けた国民に対し、行政庁自身による簡易迅速な手続によつて権利、利益の救済をはかる制度であつて、行政事件訴訟とその趣旨、目的を必ずしも同一にするものではないから、行政不服審査の対象とならない事項が必ず行政事件訴訟の対象から除外されるとは限らないものというべきである(行政不服審査法四条一項九号、一〇号等参照)。よつて、被告の右主張も理由がない。

したがつて、被告の本案前の主張はすべて採用することができないものというべきである。

二  次に、本件拒否処分の適法性について判断する。

前記当事者間に争いのない事実並びにその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したことが明らかであるから真正な公文書と推定すべき乙第一号証及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第二号証によれば、次の事実が認められる。

原告は、昭和六〇年五月一六日被告に対し、社会勉強のためを理由として本件記録の閲覧申請を行つたこと、本件記録は、成田克之に係る弁護士法違反被告事件の訴訟記録(昭和五九年七月九日東京地方裁判所刑事第一八部判決・同月二四日確定・記録番号五九─三七八七)であるところ、右記録は、被告人が弁護士でなく、かつ、法定の除外事由がないのに報酬を得る目的をもつて業として離婚相談室「愛幸センター」を経営し、昭和五八年五月二六日ころから同五九年三月一九日ころまでの間、二〇件の離婚事件について離婚希望者から委任を受け、その代理人として相手方に対し協議離婚の交渉、これに伴う慰藉料及び財産分与の請求、子の親権者の決定等に関する交渉を行うなどして法律事務を取り扱つた事犯により懲役一年、執行猶予五年の判決を受けた刑事事件の一件記録であること、本件記録は、犯行が巧妙で模倣されるおそれがあるのみならず、事件関係者の個人の秘密やプライバシーに関する内容が含まれているとの理由により、被告から一般の閲覧に適しないとして閲覧禁止記録に指定されたものであること、被告は、本件申請に対し昭和六〇年六月三日本件記録が右禁止に係る記録であるうえ、原告が右被告事件の訴訟関係人ではなく、閲覧につき正当な理由もないとして本件処分を行つたこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、刑事訴訟法五三条二項は、弁論の公開を禁止した事件の訴訟記録又は一般の閲覧に適しないものとしてその閲覧が禁止された訴訟記録は、訴訟関係人又は閲覧につき正当な理由があつて特に訴訟記録の保管者の許可を受けた者でなければ閲覧することができない旨を規定するところ、右認定事実によれば、本件記録は、被告によりその閲覧が禁止された訴訟記録(右記録中には事柄の性質上被告人に対し離婚等の交渉を依頼した者及び交渉の相手方等第三者の個人の秘密やプライバシーに関する内容が不可分的に含まれていることが明らかであるから、右禁止の措置に何らの違法もないものというべきである。)に係るものであるうえ、原告は右事件の訴訟関係人ではなく、かつ、社会勉強のためとする申請理由は右閲覧につき正当な理由があるとはいえないものというべきであるから、本件申請は、刑事訴訟法五三条二項により閲覧請求できない場合に該当することが明らかである。よつて、被告が右申請を拒否した本件処分に何ら違法はないものといわなければならない。

第二請求の趣旨第2項に係る訴えについて

請求の趣旨第2項に係る訴えは、原告が被告のした本件拒否処分によつて損害を蒙つたとして、その賠償を求める民事訴訟と解されるところ、行政庁は本来私法上の法律関係につき権利義務の主体とはなり得ないものであるから、民事訴訟における被告能力を有しないものというべきである。そうすると、行政庁である検事正を被告とする右訴えは、被告能力を欠く者に対する訴えとして不適法である。

第三結論

よつて、本件訴えのうち原告が被告に対し金員の支払いを求める訴えを却下し、原告のその余の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宍戸達徳 小磯武男 金子順一)

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